第2章:目覚めればそこはベッドの中 --2



 待ち合わせをしているディックとは幼馴染の関係である。今は同じ町の中でも少し遠いところに住んでいるが、子供の頃は近所に住んでいて毎日一緒に遊んでいた。勉強はできても運動に関してはまるで駄目なシュウ、運動神経が抜群である代わりに勉強は大の苦手であるディック。性格に関しても、シュウは真面目でディックは不良。正反対の二人なのに、不思議なほど気が合うのだった。
 市場の入り口に着くと、もうそこは買い物をする人々で賑わっていた。石畳の広い通りの両端に露店が立ち並び、郊外の畑から収穫した作物が山のように積み上げられている。商人たちが声を張り上げてお客を呼び込んでいる。シュウは人の流れに巻き込まれないように、入り口から距離を取って遠目に見える位置まで下がった。周りを見渡してもまだディックの姿はない。シュウはその辺の家のレンガ造りの壁にもたれかかった。
 ディックとの待ち合わせはいつもこの場所である。単純に二人の家の間にあるというだけではなく、ここならば賑やかで多くの人が通っていくため、待っている間に退屈しなくて済むのだ。一方が遅れた場合には市場に入って時間潰しもできる。ほとんどの場合、遅れてくるのはディックの方であるのだが。
(今日だけは遅れたら困るんだけどな)
 シュウとディックの試験時間はちょうど正午からである。まだ昼には時間があるが、試験の時間までに受付を済ませておかなくてはいけないのだ。シュウは落ち着かなく杖を弄びながらディックを待った。
 市場を訪れる客にはいろいろな人がいる。近所に住む主婦が夕飯の買い出しに来たり、学校帰りの子供たちがお菓子を買いにやってきたりするのはもちろん、ミサギ国の品物を仕入れに来る全国の商人たちや、異国の品が店頭に並ぶ様を珍しがる観光客もちらほら見かける。だがその日シュウの目を引いたのは、何の変哲もない地味な服装をした男たちの集団だった。
 集団といっても、別に男たちはひとかたまりになって行動していたわけではない。大勢の人のいる中にぽつぽつと散らばっている。それでも彼らを「集団」だと思ったわけは、まとっている空気がどこか同じもののように感じたからだ。着ている服の色も形も違っているが、グレーや深緑、紺色など暗くて重たい印象の色が多い。表情に乏しく、どこを見ているのか分からない虚ろな目をしている。なんだか気味が悪いな、と見るともなしに見ているうち、シュウはあることに気付いた。男たちは全員武装している。
 ザーラは国境山脈に接しているため、モンスターの襲撃を頻繁に受ける。そのため王直属の討伐隊の約半数がザーラに駐留しており、日々襲い来るモンスターと戦って町の平和を守っているのだ。町の少年たちの多くは討伐隊の兵士になることを目指し、士官学校へ入学する。シュウとディックの二人が今日受ける予定である試験は、士官学校の卒業試験であると同時に、モンスター討伐隊の入隊試験でもあるのだ。これに合格すれば晴れて一人前の兵士として、モンスターとの戦いに駆り出されることになる。
 そういう町なので、市場にいる男が武装していたからといって不思議なことはない。討伐隊の兵士はたとえ非番の日でも万一の時にはすぐに現場に駆けつけられるよう、携帯できる武器を何か一つは持っておくものだと言われたことがある。
 だが、男たちの中には、明らかに常に持ち歩くような大きさではない武器を手にしている者が何人かいた。
 今日は何かあるのだろうか。繁殖期でモンスターの数が増えないように討伐隊を山に送り込むとか、大量のモンスターが町に押し寄せて来た時のために大がかりな軍事訓練を行うとか。それにしては、男たちの表情が暗いことが気にかかる。
「シュウ!」
 遠くの方から呼ぶ声が聞こえる。燃えるような赤毛の青年がこちらに向かって走ってきた。
「ディック、遅かったね」
「ああ、悪い、寝坊した」
 シュウと同じ制服に身を包み、帯剣している。彼は剣士だ。通常、卒業試験は前衛タイプと後衛タイプの二人一組で行われる。用いる武器は特に決められていないが、剣士と魔術師の組み合わせがもっとも一般的ではあった。
「てか、呼びに来てくれよ! もう時間ねーぞ!」
「こんな大事な日にまさか寝坊するなんて……おわっ」
 ディックに手を引かれ、転びそうになりながら走り出す。市場の時計に目をやれば、もう受付時間の十分前だった。シュウの顔がざっと青冷める。試験場である訓練場まではどんなに急いでも十五分はかかるのだ。
「大丈夫だ、なんとかなる!」
 シュウの心を読んだかのようにディックがそう言った。足の速い彼に置いていかれないように必死に走るシュウは、なんとかなるってどういうことだよ、と聞きたくても聞けない。
 町の中を走っていくと、大きな壁が目の前に立ちふさがった。ここはモンスターと戦うための武器や兵器を作っている工場だ。工場の敷地は町の中でもかなりの面積を占めており、ちょうど町を南北に分断するかたちになっている。当然ながら一般人は立ち入り禁止であり、そのため南側の住人が北側へ行くとき、もしくはその逆のときには、工場をぐるりと迂回して行く必要がある。訓練場まで十五分かかるというのもそのためだ。
「こっちだ」
 ディックが向かう方向は迂回する道とは逆方向である。なんとなく、シュウにはディックのやろうとしていることが分かったような気がした。
「ディック、まさか」
「ここから潜り込むぜ」
「無茶言わないでよ」
 工場の外壁のすぐ脇に、立ち並ぶ民家に寄り添うようにして大きな木が一本窮屈そうに立っていた。この木に登ってから、外壁の向こう側へ下りようというのだろう。シュウはすぐさま首を横に振った。卒業試験に遅刻だなんて許されることではないが、立ち入り禁止の工場の中に潜入するのはもっと恐ろしい。見つかったらどんなことになるか。
「普通に走って行ってさ、遅刻して申し訳ありませんって誠心誠意謝ろうよ」
「大丈夫だって。俺、何度か遅刻しそうになった時に、ここ通ってるんだよ」
 ディックはさっさと木に登り始めてしまった。シュウは慌てて辺りを見回すが、運がいいのか悪いのか近くには人気がない。早く来い、と上から促す声を断りきれず、半ばやけくそになって木の枝に足をかけた。
「工場って広いだろ。だから、絶対に人に見られたらまずいエリアと、見られてもそんなに問題ないエリアがあるんだ。この辺は資材の山とか、何年も使ってなさそうな倉庫とかばっかりで、見張りもほとんどいないんだよ」
 猿のようにひょいひょいと枝を移っていくディックを追いかける。地上からは高く見えた壁も、木を登っていくうちに少しずつその向こうが見えるようになってきた。最初は誰かに見つかることを恐れてびくびくしていたが、ディックの言うとおり工場の中には見張りの姿はない。登っていく途中で木の下を一人の老人が通り過ぎていったが、その間は音を立てないように動きを止めていたので気付かれることはなかった。


 Back   Next   Top   Index