06 エピローグ



 気を失ったランはオルドジヒの診療所へ運び込まれることになった。一刻も早い処置が必要であっただけでなく、直接ヒューム邸へ運び込むことが憚られたからだ。ヒューム家の奥方であるランの母親は、現在心を病んで伏せっている。大事な息子が意識を失って帰ってきたとなれば、彼女に負担をかけてしまうことになるだろう。そうジャンは主張した。オルドジヒならばヒューム家お抱えの医師であるため、後々面倒事も起こらない。
 自警団の男たちを迎えたオルドジヒはいつも通り渋い顔をしていた。ランをベッドに寝かせ、男たちを追い払ったところで別の馬車に乗って追いかけてきたシェナとジャンが到着する。オルドジヒはシェナの顔を見るや否や、助手はいらないから休んでいなさい、と言い渡した。診察室の外で待つ時間は彼女にとって非常に長く感じられるもので、彼女を笑わせようとジャンが披露した冗談は全て失敗に終わった。
「目を覚ましたぞ」
 診察室から出てきたオルドジヒの一言で、シェナは一目散にランの元へと向かう。ジャンも彼女の後を追ったため、一人になったオルドジヒは手つかずになっていた冷めた紅茶を口に含み、顔をしかめた。

 ベッドに横になったランの顔は幾分か生気を取り戻していた。彼は勢いよく扉を開けて入ってきたシェナの姿を見て、慌ててベッドから起き上がる。
「ランさんっ」
「シェナ!?」
「ラン、気分はどう」
 続いて現れたジャンがからかい顔でにやにやと笑っていたため、ランは反射的に憎まれ口を叩きそうになるが、ベッドの傍らに膝をついたシェナの視線を感じそれを呑み込んだ。
「……なんともない。シェナは大丈夫か? 怪我してないか」
「大丈夫です。ランさん、私のせいで無理をさせてしまって、ごめんなさい」
「いや、謝るのはこっちだ。うちの使用人が……まさか、こんなことになるとは思わなかった。巻き込んですまない」
「いえ、そんな、ランさんのせいじゃないです」
 ランが頭を下げると、シェナがおろおろして負けじと頭を下げる。面白い光景につい笑みをこぼして、ジャンが二人の間に割って入った。
「まあまあ、お嬢ちゃんもランも無事だったんだし、そのへんにしとこうぜ。で、ラン。絶体絶命のピンチに颯爽と駆けつけたカッコイイ俺への感謝の言葉はないわけ?」
「……ありがとうございました」
「全然気持ちがこもってないじゃん。やり直し!」
 ランの顔にはっきりと「面倒くさい」と書かれていた。シェナがくすくすと笑い出す。ジャンはそばにあった丸椅子を引き寄せて腰掛けると、わざとらしく偉そうに足組みをした。
「まあ、聞いてくれよ。この俺の名推理を」
「推理?」
「そうそう。君たち二人はこのジャン・ヴァンサンの活躍によって九死に一生を得たわけだが、そもそもどうして俺が君たちのピンチにああもタイミングよく乗り込んでこれたのか、分かるか?」
 シェナが首をかしげ、ランを見上げる。ランは黙って首を横に振った。
「俺は相棒であるランに、被害者である少女たちの共通点を教えた。この連続殺人事件の被害者は全員、12歳から17歳までの少女だ。それも金色の長い髪を持つ女の子だ。そのことを伝えた途端、ランの様子がおかしくなった。それまで呑気に居眠りしてたっていうのに、急用だとかなんとか言って、そそくさとどこかへ向おうとする」
「ちょっ、おい! なにを言い出すんだ、やめろ!」
「そこで俺はピンときたんだよ! ランは恋をしてる。相手は金髪で、長い髪がきれいな、年下の女の子だ。恋人なのか、それとも密かに思いを抱いているのかは分からないが……どちらにしても、愛しいあの子が連続殺人犯に狙われるとしたら、そりゃあ大変だよな。一目散に彼女の元へ向おうとするのも分かるよ。で、堅物のランの意中の相手が気になった俺は、こっそりランの後をつけて、お嬢ちゃんを見つけたわけ。それからはお嬢ちゃんの動きを影ながら見張り、怪しい男に連れられて廃屋の中に入っていったところで自警団に知らせたってわけだよ」
 ぺらぺらとそこまで一気に喋ると、ジャンは満足そうに二人の反応を待った。ランの顔は赤くなったり青くなったりと忙しかったが、ジャンが喋り終えると無言になり、シェナのいる方から心なしか目を逸らすようにしていた。シェナはぽかんと口を開けてジャンの話を聞いていたが、彼の言葉を頭の中で咀嚼したのち、ある事に気付いてハッとランの方を振り返った。捨てられた子犬のような不安げな顔をしている。
「ランさん、す、好きな女性がいるんですか!?」
 今度は男二人がぽかんと間抜け面をさらす番だった。ランの顔には驚きと、そして次第に焦りが混じっていき、それと同時にさあっと朱で染めたように頬が紅潮していった。彼は最終的に耳まで真っ赤になると、なにも言えずに頭を抱えるようにしてベッドの中でうずくまった。
「えっ……どうしたんですか、大丈夫ですか!?」
「ぶふっ、お、お嬢ちゃん、君、ほんっとう、最高!」
 ジャンはそこで耐えきれずに吹き出し、腹を抱えて爆笑した。涙が出るほど笑い転げるジャンと、意地でも顔を上げないランの間で、シェナはオルドジヒが諌めに来るまで、状況が呑み込めないままでいた。

 彼女がジャンの言葉の意味を理解するのは、もう少し後のことだった。


Fin.


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